小児鈍的脾・肝損傷: APSAガイドライン2000
0. はじめに
小児鈍的脾・肝損傷に関しては保存的治療が積極的に行われるようになっており、その割合は恐らく成人より高いのではないか?と思います。いわゆるbed rest protocolですが、どのくらいの期間、床上安静が必要なのか?ということは割と気にせず、ついついなんとなく安静にさせてしまうということも多いと思います。 ( 臨床感覚としてもあまり意味がないのでは?と感じることも多い )
今回はアメリカ小児外科学会 ( APSA ) が2000年に出したガイドラインに関する論文を読んでみたのでいくつか書いてみました。
Bed restはCT gradeに1を足した日数で良いと。ちなみにCTによるスコアリングは日本のものとは異なっているので注意してください。米国におけるCT gradeは肝臓であればこんな感じです。
つまりCT grade3であれば4日のみで良いということになります。また活動制限はCT gradeに2を足した週数でOK。ただし日常生活という意味でfootball ( おそらくアメフト ) 、レスリング、ラクロス、登山などのfull contact sportsは含まれていません。普通の体育などはOKということなのでしょうかね?CTもgradeVでない限り、follow upは入院でも外来でも必要ないと。
日本の感覚からするとタイトなプロトコルになっている印象を受けるのではないかと思います。入院を極力短くしなければならない米国の医療事情はあると思うのですが、長期安静臥床・長期入院自はがかなり本人にも家族にも苦痛であることには間違いので、なるべく負担を減らしたいところではあります。
1. 米国小児外科学会による脾*・肝単独鈍的外傷に対するプロトコールの提唱
J Pediatr Surg. 2000 Feb;35(2):164-7; discussion 167-9.
Purpose
- 小児の脾・肝単独損傷における、治療の施設ごとの格差を改善し、コンセンサスを形成するため日本研究を行った
- 患者の安全とその効果、費用対効果を最大限に確保することが必要であると考えられた
Methods
- 脾臓もしくは肝臓の単独鈍的外傷の患者を32の小児外科施設から集め、856症例を得た
- 期間は1995年-1997年
- 外傷の重症度はCTgradeを用いた
- ICU滞在日数、入院期間、輸血、手術、退院前、退院後の画像評価、活動制限の期間を評価した
- 2.8%がgrafeVに分類され、除外した
- 1998年のAPSA Trauma committeで公開されている内容である
Results
- 医療資源は重症度が上がるにつれて、より多く使用されていた
- 医療資源の適正化使用のため、以下のようなガイドラインを提唱した
- 今回提唱したプロトコールは、参加した機関の現状のプロトコールから25th percentile以内に収まっている
Conclusions
- 単独脾損傷および肝損傷において、重症度に応じた治療方針、および医療資源の利用を明らかにした
- 本解析によって、このガイドラインを検証する前向きな研究が生まれるこことを期待している
- このevidenceに基づいた研究デザインは、患者の最大限の安全を確保しつつ、適切な医療資源の使用を促し、患者の入院管理に利益をもたらすことができると考える
Comment
APSAの小児脾・肝臓に対する腹部鈍的外傷の保存的加療のガイドラインの提案。
2. 小児における鈍的脾損傷と肝損傷に対する短縮プロトコールの正当性
J Pediatr Surg. 2008 Jan;43(1):191-3; discussion 193-4. doi: 10.1016/j.jpedsurg.2007.09.042.
Objectives
- 脾・肝の鈍的外傷の管理としては、通常、外傷グレードに1を足した数の日数の間、床上安静を行う
- このプロトコールは持続した出血が認められない場合も選択される
- 更に床上安静の期間を短縮したプロトコールを構築するべく、我々の施設での短縮プロトコールの経験を後方視的に検討した
Methods
- 1996年-2005年の10年間の後方視的検討
- 脾臓* 肝臓の単独もしくは双方の鈍的外傷
- 患者層、バイタルサイン、Hb値、輸血、手術、転機を集計
- Grade1/2には1晩の床上安静、Grade3以上には2晩の床上安静を行うプロトコールとした
- このプロトコールは安全性を確認してから適応した
- データはmean+-SDで記載した
Results
- 研究機関に、243人の患者が入院した
- 平均年齢:9.0±4.6 years、平均体重:35.4±19.3kg
- 男児が63%
- 脾損傷が148例(61.2%)、肝損傷が121例(50.0%)、両方が26例(10.6%)
- 平均外傷グレード:2.0±1.1
- 平均床上安静:3.5±1.1日、平均入院期間:5.6±6.5日
- 9例が死亡し、7例が重症脳損傷、2例が来院時に既に肝臓からの大量出血を来していた
- 明らかな持続性の出血の兆候を認めなかった患者では、全例に2晩以降の手術や輸血は施行されていなかった
- 短縮プロトコールを実施していれば、観察期間中に入院した患者のうち65.8%が、平均2.0±1.5日の入院期間を抑えることができると考えられる
Conclusions
Comment
この論文は2000年のAPSA guidelineよりも更に床上安静期間を短くして、後方視的に大丈夫そうだから、前方視的にこれから検討していきますというもの。
この論文に関しては、IVRの適応になった患者がいないのが気になりました。Operation群の中にも入っていなそうですが。IVRによって大きく腹部外傷診療は変化していますので、それを含む論文の吟味が必要ですね。
3. 単施設におけるAPSAの単独肝損傷* 脾損傷に対するガイドラインの適応について
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18206481 J Pediatr Surg. 2008 Jan;43(1):191-3; discussion 193-4. doi: 10.1016/j.jpedsurg.2007.09.042.
Purpose
Methods
- 1998年-2002年の間入院しAPSA GLを適応させた患者と、1992年-1997年に入院し以前の方法で管理していた患者の2群を比較した
- 年齢、CT外傷グレード、Hb値、ISS、ICU入室期間、フォローアップの画像検査、転機を調べた
Result
- GL適応群は、ICU入室期間、入院期間、Hb値、フォローアップ画像検査において、有意な減少を示した
- GL適応群の1例が再出血で再入院となった
- どちらも緊急手術は施行されなかった
Conclusion
Comments
2000年のAPSAガイドラインを導入し、前後比較研究を行うことでAPSAガイドラインの検証を行ったもの。APSAガイドラインに対して肯定的な結果。ボストンの小児病院より。
面白いのが、本文にAPSA GL導入前の記述があるのですが、1晩はICUで過ごし、続いて6日間の入院加療を行っていた。ここまではいいとして、その後、Hbは24時間までは4時間毎に評価し、その後は毎日評価する。退院までUS/CTを繰り返し、外来でもPhysical activityを開始する前に再度施行するというもの。米国でもこんな濃厚な介入が行われていた時期があったんですね。
ガイドライン適応群では1例が左上腹部痛をその後も訴えており、CTを撮影したら脾臓にPseudocystが同定でされ、待機的に切除したと。APSAのガイドラインも画像評価をするなと言っているわけではなく、無症状なのに撮影する必要はないと言っているだけです。
他の有害事象としては、GradeIVの脾損傷でガイドラインに従って退院した後、受傷後6日目で後出血を起こして再入院した例が報告されいてました。その症例はもう一度bed rest protocolをやり直したようです。
4. まとめ
というわけで、論文を読む限りではAPSAの推奨は問題なく実行できると思われ、現状よりもだいぶ入院期間を短縮できると思いますが、やはりチームの方針に取り入れるのはまだ抵抗が強い印象を受けました。僕自身もこの通りに運用することに怖さも感じてしまいますし…実際はどうなんでしょうかね?興味があります。
ちなみに米国からは2015年にATOMACというさらにアグレッシブなプロトコルが提案されていますが、それはまたのちほど。